友人の裏切りで借金苦に

借金1

自分で言うのも気が引けますが、わたしは幼い頃から何不自由ない生活をしてきました。両親は会社を経営していて事業は順調でしたし、わたしが一人娘ということもあって、大事に育てられました。そんなわたしが今では借金苦に喘ぐ生活をしているなんて、自分でもいまだに信じられない位です。

わたしの身の上に一体何が起こったのかをお話ししようと思います。

不幸の始まりは夫の急死

借金4

私立の女子短大を卒業したわたしは、就職する事もなく、親に勧められるままお見合い結婚をしました。相手は、親の会社に勤めていた男性で、とても実直で優しい誠実な人柄でした。親もこの男性になら、大事な娘を預けられると見込んだのだと思います。

親の見立ては当たっていました。わたしは結婚して専業主婦になり、すぐに子どもにも恵まれました。産まれた子どもは女の子で、娘もまた、わたしのように周囲の大人に可愛がられ大事にされながらすくすくと成長して行ったのです。

優しい主人と可愛い娘、それに近くに住む両親に囲まれながら、わたしは何不自由ない生活を送っていました。そんなわたしに初めての不幸が襲ったのは40歳の時です。それまで病気と言えば、風邪くらいしか引いた事のなかった主人が、ある日突然末期の癌宣告を受けました。

そしてわずか3カ月の闘病生活を送った後、帰らぬ人となってしまったのです。娘はまだ大学生になったばかりでした。

友人の裏切り

主人を失くしてから、わたしは悲しみのどん底にいました。半年間は食事も喉を通らないような状態だったのです。そんなわたしを親身になって励ましてくれたのが、両親の会社の取引先の社長夫人でもあるM子さんでした。

M子さんのことは、子ども時代から知っていて、わたしはとても懐いていました。M子さんへの両親の信頼も厚く、家族ぐるみでお付き合いしていたのです。M子さんのお蔭で、わたしは主人を亡くしたショックから徐々に立ち直って行きました。

M子さんから、会社の経営についての相談を受けたのはそんな時でした。わたしは根っからの世間知らずなので、詳しい事情は分かりませんでしたが、M子さんのご主人の会社の資金繰りが悪化してきたそうで、何とか力になって欲しいとの事でした。

わたしの両親も義理堅い性質で、わたしもM子さんにはお世話になりっぱなしだったので、保証人になって欲しいとのM子さんからの願いを軽い気持ちで引き受けたのです。M子さんからは涙ながらに感謝されました。そして、今は一時的に事業が上手くいかなくなっているけれど、早晩立て直せるから、絶対にご迷惑はおかけしませんと約束してくれました。

わたしも両親もM子さんを信用しきっていたのですが、何と保証人を引き受けた2週間後には、M子さん夫婦は夜逃げしてしまい、行方知れずになってしまったのです。

残された5000万円の借金

後に残されたのは莫大な借金です。両親の会社もその借金のために、経営が立ち行かなくなり倒産してしまいました。それでもまだ、5000万円の借金が残りました。しかも、保証人にはわたしの名前もあります。当然、わたしにも借金の督促が来るようになりました。

しかし、わたしには主人の遺族年金の他には収入がありませんでした。しかも、その遺族年金も会社が倒産したことによって、支払われなくなってしまったのです。お金に苦労したことのなかったわたしは、これまで散々贅沢をしてきました。

娘にはブランドの子供服を着せ、自分も欲しい物は躊躇することなく買い、趣味にも沢山のお金を掛けていたのです。貯金はほとんどありません。それでも借金の取り立ては容赦なく、わたしや両親を追いかけてきます。父も母も心労のあまり倒れてしまいました。

娘は私立大学に通っていたのですが、学費がとても払えるような状況ではなくなり、止む無く大学も休学することになりました。

厳しい現実

やむなく、わたしは収入を得るために、働くことになりました。わたしの収入など5000万円の借金に比べたら微々たるものですが、何とかしなければ、と必死の思いでした。しかし、40歳を過ぎて働いた経験もなければ、何の資格もない人間を雇ってくれる会社など、そうそうあるものではありません。

初めは事務の正社員の求人に応募しましたが、10社以上受けて結局1社も合格しませんでした。立ち仕事はきついだろうと思いましたが、この際仕事を選んではいられません。掃除の仕事や介護の仕事など、片っ端から面接を受けました。

そしてようやく決まったのが、工場のパートの仕事です。生れて初めての労働でした。仕事自体は、単純な作業の繰り返しでしたが、わたしには決まった時間に出かけなければいけない事や、体調の悪い日でも出かけなければならないという、普通の人にとってはごく当たり前のことを受け入れるまで、ものすごく時間がかかりました。

平日の昼間にデパートで買い物を楽しんでいた日々が夢のように思えてきました。そして、やっと仕事に慣れたかな、という頃になって、今度は人間関係の悩みが出てきたのです。それまでは働く事そのものに慣れるのに必死で、周りを見る余裕などありませんでした。

ところが、どうも自分が職場で浮いた存在らしいと気付いたのです。しかも、どこからどう漏れたのか、わたしが抱えている借金の話を同僚が知っているらしいのです。わたしを見て、数人の女性がひそひそと話をしていました。

そんな事は無視すれば良かったのかも知れませんが、今までぬるま湯に浸かって生きてきたわたしには、人に馬鹿にされるなど、耐え切れないことだったのです。せっかく決まった仕事も、結局半年で辞めてしまいました。

老後の不安

次に決まった仕事も、その次に決まった仕事も、結局は長続きしませんでした。

やはり働かない事が当たり前と思って生きてきた40年は、社会に適応するには長過ぎる年月です。自業自得とは言え、これからどうなるのか、老後はどうなるのか、と不安な思いばかりで、体重も1年で10kg以上落ちてしまいました。

娘はアルバイトを始め、私立の大学は辞め、通信制大学に入り直して、何とか自立しようとしてくれています。私立の大学を続けさせてあげられなかった事は親として情けないですが、娘は自分の力で生きて行こうとしています。

それだけがわたしの今の唯一の救いです。

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